余白がまちを守り、育てる──真鶴町「美の基準」に見る、対話から始まるまちづくり

日本各地の町が開発によって姿を変えてきたなか、神奈川県真鶴町には、昔ながらの町並みや暮らしの風景が今なお息づいている。だが、その「変わらなさ」は決して偶然ではない。真鶴の美しい生活の風景を支えるのは、この町独自の「まちづくり条例」、そして同条例に位置づけられた独自のデザインコード「美の基準」だ。明確な数値で一律の答えを示すのではなく、「真鶴らしさとは何か」を問うための余白をあえて残すことで、事業者や町、そこに暮らす人々の間に思考と対話を生み出している。
(執筆・撮影:徳山貴哉)
「変わらない」を支えるもの
神奈川県南西部に位置する真鶴町。面積7.05平方キロメートル、人口約6,300人(2026年5月現在)と県内で2番目に小さい町でありながら、三ツ石に代表される景勝地や、源頼朝ゆかりの史跡、三百年にわたり守られてきた森など、その美しい景観は多くの文化人や芸術家を惹きつけてきた。
高台から町を一望すると、ひときわ目を引くような大きな建物は見当たらない。代わりに、箱根外輪山を背に、港町ならではの傾斜地に沿って育まれてきた風景が広がっている。家々は港へ向かうすり鉢状の斜面に連なり、色とりどりの屋根はどこか落ち着いたトーンをまとい、その隙間からは木々の緑が顔をのぞかせる。初めて訪ねる者にも懐かしさと安心感を与える真鶴の景観。しかし、こうした風景が現在まで残されてきたことは、決して偶然ではない。
斜面に沿って連なる家々の屋根は、カラフルながらも落ち着いたトーンをまとっている。
真鶴町を取り巻く状況が大きく変わるきっかけとなったのが、1987年に施行されたリゾート法(正式名称:総合保養地域整備法)だ。当時の日本はバブル期にあり、民間活力を生かしたリゾート開発を促すため、同法には税制上の優遇措置や政府系金融機関による融資など、さまざまな支援策が盛り込まれた。全国各地ではリゾート開発の機運が高まり、都市化とともに各地の風景が大きく姿を変えていく。伊東や熱海など周辺地域でも開発が進み、その波はやがて真鶴にも押し寄せた。
大規模な開発計画が次々と持ち上がり、町民の間では、歴史ある景観が失われることへの危機感が高まった。加えて、もともと真鶴は水源に乏しく、隣の湯河原町から一部の水を購入しており、たびたび断水も生じていた。そのため、大型マンションやリゾート施設の建設が相次げば、水の需要が増え、町全体への供給が逼迫するおそれもあった。
川がなく、水源に乏しい真鶴町。町には今も現役で使われている井戸が残る。
こうした状況を背景に、1990年に実施された町長選挙で、マンション・リゾート開発反対を掲げた三木邦之氏が当選する。そして同年、開発の波に歯止めをかける手立てとして、一定規模を超える新規開発の物件に水を供給しない「給水規制条例」を制定した。しかし、給水の制限だけでは、開発そのものを規制する法的な根拠として十分とはいえず、事業者からの訴訟に発展した場合は町側が敗訴する可能性もある。そこで、町としてどのようなまちづくりをめざすのか、その考え方と手続きを示す仕組みとして生まれたのが、デザインコード「美の基準」を含む「まちづくり条例」だった。
余白を内包した基準
まちづくり条例は、大きく3つの柱から構成されている。
1つ目が、真鶴独自の土地利用基準だ。真鶴町では、この土地利用基準を通じて、都市計画法上の用途地域が指定されていない区域にも、建築物の用途や高さなどに独自のルールを設けている。たとえば、農地以外への利用が厳しく制限される「青地(農業振興地域内農用地区域内農地)」だけでなく、その区域から外れる「白地(農業振興地域内農用地区域外農地)」についても、用途や建蔽(ぺい)率、容積率、建物の高さの最高限度や敷地面積の最低限度、道路境界からの壁面の後退などを独自に規定している。既存の法制度を補う形で町全体の土地利用に一定のルールを設けることで、過度な開発を抑制しているのだ。
2つ目が、真鶴独自のデザインコード「美の基準」だ。特筆すべきは、「美の基準」は景観や建築に関するルールでありながら、規制や数値を示すのではなく、「真鶴らしさ」とは何か、そしてそれを建築にどう生かしていくのか、その手がかりが示されている点にある。「美の基準」は、真鶴の「美」の特徴を示す8つの原則と、それらを具体化した69のキーワードで構成されるが、ここで示される「美」とは、建物そのものの芸術性や華やかさではなく、建物や町並み、自然、人々の暮らしまでを含めた生活の風景そのものを指す。そしてそこには、「静かな背戸」「小さな人だまり」「さわれる花」といった、どこか詩的で解釈の余地を残した言葉が並んでいる。
起伏に富んだ真鶴の町に見られる坂道と「静かな背戸」。
当時、「美の基準」の策定に当たっては、イギリスのチャールズ皇太子(現国王)が著書『英国の未来像—建築に関する考察』で提唱した都市計画の10原則と、建築家・都市計画家のクリストファー・アレグザンダーが著した『パタン・ランゲージ—環境設計の手法』が参照された。そのうえで、町民たちが実際に真鶴を歩き、真鶴らしい「美」を表すキーワードや写真を集めた町の事業「まちづくり発見団」の成果を土台として、真鶴に存在する生活の風景を、具体的な言葉へと落とし込んでいった。
数値によって明確な線引きをすれば、基準を満たしているか否かによって判断が完結する。一方、あえて「美」を数値だけで規定せず、解釈の幅を持つ言葉を共通言語として据えることで、町民が「真鶴らしさとは何か」を考え、まちづくりに関わり続けるための余白が残される。その結果、町とそこに住む人々、そして事業者が、「美の基準」を踏まえて話し合うプロセスが生まれるのだ。また解釈を固定しないからこそ、時代や暮らしの変化に応じて、その時々の町民が「美」とは何かを問い直すこともできる。
道路反射鏡の裏にそびえる巨大なサボテン。かつて真鶴にあったサボテン公園が閉園に際して町民に配った園内の植物が今では町のあちこちで育ち、真鶴の“地場植物”になっているという。
最後の3つ目が、「美の基準」をもとに実際に話し合うためのルールを定めた「建設行為の手続き」である。事業者は、真鶴町役場の都市計画課での事前相談を経て、建設行為の届出書を提出する。その後、担当課が計画地へ赴き、「美の基準」のどの要素を適用できるのか、「遠景」「中景」「近景」の3つの視点から調査する。遠景では景色の見通し、中景では「美の基準」につながる地域資源や周辺環境の特性、近景では敷地内の植生や傾斜などを確認。その結果をもとに、適用すべき「美の基準」の項目をまとめたレポートを作成し、事業者はそれをもとに計画の再点検を行う。この届出と並行して、事業者は建設計画を事前に公開し、周辺住民に対する説明会を開く、あるいは各戸を訪問して事業内容を説明することが求められる。こうしたプロセスを経たうえで、事業者は事前協議申請書を提出し、最終的に町との協定締結へと進む。
建設行為をめぐる一連のプロセスは、無秩序な開発への抑止力となるだけでなく、町民が計画について知り、意見を交わす機会を提供するものでもある。また事業者にとっても、単に決められた基準を満たすだけではなく、自らも町の一員として、「美の基準」が示す真鶴の景観や、その背景にある価値観への理解を深め、町の魅力を守り育てていくためのプロセスとしても機能している。
「美の基準」の実践とは、単に町の景観を守るということではない。町にすでにある風景や暮らしに目を向け、そこに価値を見出し、それぞれの時代の人々が対話を重ねながら、何を残し、何を変えていくのかを考え続ける。このプロセスこそが、真鶴の「変わらなさ」を支えてきたといえる。では、条例の制定から三十年以上が経った今、その思想は、この町で暮らす人々にどのように波及しているのか。ここからは、同町でユニークな出版社を営む川口瞬さんと來住友美さんに話を伺う。
体験から立ち上がる「美の基準」
「美の基準」にも記されている「背戸道」へと足を踏み入れ、家々の間を縫う細い路地を進んでいくと、真鶴出版はそっと姿を現す。2015年に來住友美さんと川口瞬さん夫妻が立ち上げたこの会社は、宿泊と出版を2つの軸として活動する、いわば「泊まれる出版社」だ。
ともに県外の出身である2人は、海外での活動などを経て、知人の紹介をきっかけに真鶴町を訪れる。そこで出会ったのは、彼らが暮らす場所に求めていた「空気が綺麗で、食べ物が美味しくて、人が優しい」という条件に、ぴたりと当てはまる環境だった。その後、真鶴町が提供する「お試し移住体験」を経て、正式に移住を決めた。現在は來住さんが宿泊、川口さんが出版を主に担い、町を訪れる人々を迎えながら、それぞれの営みを通して真鶴の暮らしや風景の魅力を伝えている。
真鶴出版を営む來住友美さん(右)と川口瞬さん(左)夫妻
真鶴出版が運営する2棟の宿は、いずれも1日1組限定で宿泊客を迎えている。その理由について、來住さんは「真鶴町で宿を始めた当初から、大人数を継続的に受け入れることは難しいと考えていました。だからこそ、あえて宿泊人数を絞り、一人ひとりのゲストが真鶴を深く体験できるようなアプローチを大切にしてきました」と説明する。
真鶴出版には、移住を検討する人や地方を舞台に活動する人、国内外から視察に訪れる人など、さまざまな背景を持つゲストが滞在する。そんな宿泊体験のなかでも特徴的なのが、「まち歩き」だ。まず真鶴町のまちづくり条例「美の条例」について概要を伝えたうえで、ゲストへのヒアリングをもとにルートを組み立て、1時間半から2時間をかけて、スタッフの案内のもとで町を歩く。「美の基準」に記された風景を実際にたどり、道中では小さな商店に立ち寄って店主と言葉を交わすなど、観光だけでは見えにくい真鶴の日々の暮らしに触れる機会が設けられている。
真鶴出版の店内空間。奥にはキッチンや宿泊スペースも。
「真鶴出版に宿泊されるのは、『美の基準』を知っているか、何らかの関心を持って訪れる方が大半です。ただ、それが実際に町のどこに、どのような形で表れているのかまではなかなか見えないようです」と來住さん。「たとえば、真鶴出版の前の小道に使われているのは、真鶴の地場産業である石材業を支えてきた小松石なのですが、住民でない人がそれに気づくのは難しい。でも、スタッフと一緒に歩くことで、言われなければ通り過ぎてしまうような何気ない景色のなかにも、町の歴史や産業が息づいていることが見えてくる。『美の基準』が、余白を内包しているからこそ、そこに体験が加わることで、それぞれのゲストのなかに、真鶴の生活の風景が立ち上がってくるのだと思います」
真鶴出版へと続く背戸道。左手の石垣には、真鶴の地場産業を支えてきた小松石(最高級とされる安山岩)が使われている。
真鶴出版が町を見るための「視点」を手渡しているのは、宿泊を通じてだけではない。真鶴を拠点とする詩人やイラストレーターらの書籍をはじめ、真鶴にまつわる出版物の企画編集から出版、流通までを一貫して手がけている。出版領域を担当する川口さんが、その活動で大切にしているのは「流行にしないこと」だ。「無理に広く知ってもらおうとするのではなく、自分たちが面白いと感じることに焦点を当てて深めていくことで、流行として消費されるのではない形で、真鶴町の魅力に触れてもらえると思っています」
また、川口さんにとって出版は、真鶴の魅力を伝えるだけでなく、新たな「視点」を届けるための手段でもある。「うちに泊まったり、書籍を買ってくれたりした人たちが、『自分たちの町に帰ったら、町が違って見えるようになった』と言ってくれることに大きな意味を感じます。彼らが、僕たちの書籍で使われているアプローチやフォーマットを持ち帰って、それぞれの地域での活動に生かしてくれたら嬉しいですね。真鶴出版での宿泊は、外から来る人にとっての『まちの入り口』。出版物も同じように、ほかの地域に暮らす人にとって、新たな発見につながる『入り口』であってほしいです」。そうした活動の延長線上で、川口さんは現在、「美の基準」をテーマとする『美の基準カルタ』の制作チームで編集・ディレクションを担当しており、来年には発売の予定だという。
「美の基準」をテーマとする『美の基準カルタ』の完成予想図。
來住さんは、真鶴出版が宿泊や出版を通してめざすのは、訪れた人に真鶴への移住を促すことではないと話す。「真鶴出版での時間が、かつての私たちのように、都会での暮らし方や働き方に違和感を抱く人にとって、自分なりの新しい暮らしを考えるための小さな種になってほしい。そうして、自分自身の暮らしにも別の選択肢があることに気づいたり、真鶴を好きになってもらえたら嬉しいです」
「美の基準」が言葉によってすくい上げてきた、真鶴の日々の暮らしの風景。真鶴出版は、宿泊やまち歩き、出版を通じて、その風景に気づくための視点をそっと手渡している。そして、その視点は真鶴を離れたあとも、それぞれが暮らす場所で、身近な風景を見つめ直す手がかりとなる。真鶴を訪れた後に自分の町を歩いてみれば、何気ない日常のなかにも、これまで見過ごしていた「美」が立ち上がってくるかもしれない。